夏目漱石の文章に惹かれる。
最近読んだ文庫本「文鳥・夢十夜」の最後に「手紙」という小品がある。
漱石の家に下宿していた重吉さんの所にきた女性からの手紙の話である。
重吉さんには、漱石の奥さんの知り合いの娘へ思いがあり、漱石に結婚の話を娘の親に取り持って欲しいとお願いをした。
ところが、田舎に仕事を見つけ、漱石の家を出た後、重吉さんから何の催促もない。
娘さんの親は、夫になる男性には女遊びをしないことを条件に課した。
理由は、娘さんの姉の旦那が女遊びで性病をうつされ、姉さんが夫からその病気をもらってからだを壊したという経緯があったからである。
漱石は奥さんに重吉の所に言って、女遊びをしていないという確認をとってほしいと頼まれる。
漱石は、重吉の泊まっていた宿にいき、偶然鏡台の引き出しから、重吉宛の手紙を見つける。手紙は遊女の手紙で、誤字だらけで、恋のどどいつなどがちりばめてあり、笑いをこらえながら最後まで読んでしまう。
漱石は重吉に、そんないい加減な心がけなら、娘と別れろとすすめる。
重吉は、娘と一緒になりたいという気持ちがまだ強く、結婚資金の積み立てのため、漱石に毎月10円ずつ送るという条件で、手紙の件は内緒にし、様子を見るということで漱石は重吉と約束した。
一月、二月と10円が送られてきたが、三月目には7円に減り、今後はどうなるであろうかで、終わる。
それだけの話だが、引き込まれて読んでいく。
なぜ引き込まれるのか考えてみた。
重吉のあやふやな気持ちに、最後まで漱石夫婦が引きずられていく様子が面白い。
重吉よ、どこまでいい加減なんだと思いながら、読者は読みすすめていく。
重吉が何故手紙を処分せず、隠しておいたのか不明だが、漱石は重吉の女遊びの証拠をつかむ。
つかんでも、まだ重吉の思いに賭けてみる。
裏切られてもやれやれと考える、漱石に親のような温もりを感じた。
漱石の文章には、スピード感と表現がシンプルで切れがあり、無駄な言葉がひとつもない。
だから、心が滞ることなく、漱石の敷いたレールの上を滑っていく。