TaoChat@979編集後記

夏風邪をひき、高熱が続いた二日間でした。

幸い愛妻の看病で救われ、メルマガの発行に漕ぎ着けました。

今回は、急場しのぎの菜根譚でした。

竹田真砂子氏の「美しき身辺整理」を最近読んだので、菜根譚の言葉にも惹かれるものがあったわけです。

身軽になるのがベターであるのは、真実なような気がします。

若者が結婚に踏み切れないのは、結婚で制約を受けるのがいやで、身軽であり続けたというのが本音かもしれません。

高熱でうなされているとき、妻の看病が受けられるというのは、結婚のありがたさでもありますが。

「美しき身辺整理」では、「十二単衣を着て走れますか?」といううまい章題がついていました。

死ぬときは、身軽に死にたい、という切実な思いが誰にでもあります。

多くのモノを残せば、残った者がその処分に困り、最悪、相続争いに繋がる。

何も残らなければ、残った者は気軽にいられる。

別に死を考えなくても、生きることが、悩みを生む。

いろんな人と関係を持ち、助け合いながら生活するのが生きることだから。

関係を保つことは、情報の受信および発信、時間の共有、そして一緒に何かを成し遂げることを意味する。

しがらみが増えてくると、知識や情報の量はその分増えてくるが、それにより、精神的なストレスも増え、悩みも増える。

悩みを減らそうと思ったら、関係を絶って、知識や情報を遮断するのがよい。

しかし、一方的に関係を絶つと、相手は気分を害する。

どのように、不満を抱かさずに関係をfade outするのかを考えるのも、また生きることになる。