TaoChat@1157編集後記

昨日は暖かだったが、今日は寒い。どんより曇って雨が降りそうな空模様である。イングランドの天気のようだ。といっても、シャーロックホームズのTVドラマで見たような空という意味で、実際に出会ったことはない。メルマガを配信した昨日はなぜか編集後記を書く時間がなかった。一週間の出来事は、全国でのコロナ感染の1日の死者が過去最高を記録しているのが目立っている。年齢的には70歳以上の死者が圧倒的に多いようである。自分はまだ感染した経験はないが、所帯をもっている息子家族は全員感染している。中国でも8割以上は感染しているということなので、状況は日本も変わらないように見える。プライベートではこの一週間は代わり映えのしない毎日を送っている。最近読んでいる面白い本は、国分功一郎著の「暇と退屈の倫理学」で新潮文庫版を年末書店で見つけ買い求めた。丁度茅ケ崎市の電子決済キャンペーンでペイペイで買えば、30%のポイントが還ってくる仕組みで、実際には30%引きで本が買えるチャンスを利用しました。店屋で見ていると、高齢者はあいかわらず財布から現金を出して買うのが殆どで、スマホを使ってこのようなキャンペーンに気づいていないのが非常に残念である。「暇と退屈の倫理学」のほうは、タイトルどおり、暇と退屈をこれまでの哲学者がどう考えたかがわかる、面白い本である。現在は疎外論のところまで進んだ。マルクス疎外論をわかりやすく説明しているのがありがたかった。

今回の言葉は、西郷隆盛の遺訓よりいただいた。論語にも似たような言葉があると記憶している。西郷さんの面白いところは、割れた茶碗の破片をいくら貼り合わせてももとに戻らないことにたとえて、過ちにこだわって、それを取り繕って、無かったことにしようとする対応が見苦しいといったところである。これと同じ事が歴史上あちらこちらに見受けられる。過ちは過ちとして認め、それによって失った信頼をどう取り戻すのかを速やかに見える形で実行することが、リーダーには求められると西郷さんはいう。2023年に突入してまだ間もないが、ウクライナ侵攻の過ちに気づき始めたプーチンがどう汚名挽回するのかが見ものである。