TaoChat@1164編集後記

花粉症の症状に悩まされる一週間だった。風のある日は特に花粉が舞い、鼻の中に入り、鼻水が多く出る。目のかゆみもひどくなる。今日は風がなく、多少楽である。

この一週間のニュースは、特に大きなニュースは無かったように思う。

今回の言葉選びは、春の句を届けることはすぐ決まったが、どの句にするのか迷った。

蕪村の句集の春の部を眺めたり、ネットで検索してみたりで時間を費やした。最終的には、岩波文庫の「蕪村俳句集」から鶯の句を選んだ。蕪村の句は、動的な面白さがある。今回は鶯の初音にまつわる動きである。どんな音楽家でも最初の音は、非常に大事である。その音を発するときの緊張感はあまりある。それはたとえ鶯も変わらない。その緊張感が鶯の動きに表わしたのが今回の句である。初音に期待する人間。その期待を感じ取って、うまく最初の声を発しようとする鶯の緊張感。その二つがぶつかって、鶯の思わぬ動きに現われる。「蕪村俳句集」を見ていると、自然の中の動きをうまくとらえた句が多いことに気づく。

「蓮の香や水をはなるる茎二寸」

蕪村は香りの動きすらとらえている。ここでは、蕪村は香りと一体になって水を離れている。蓮の香りは、茎二寸伸びたところが一番強いらしい。香りは自分となり、自分は香りとなって、空間を漂う。気が集まって自分となるが、自分は気になって浮遊する。

そうすると香りとなった気と共に自由に空間を漂う事ができる。自分はどこから来たのか? 水をはなるる茎二寸からということになる。道(タオ)の教えから、俳句を味わうと開かれた空間に身を置く事ができる。