TaoChat@985編集後記

9月はなぜか慌しく過ぎ去ろうとしている。

15号台風の爪あとが、千葉県の大規模停電という記憶として今も頭に残っている。

電気の来ない生活は、東北大震災で味わっている。

あのときは輪番停電という、片時の停電だった。

それが何週間も続くとなると、不便さは絶頂に達する。

政治が動かずして誰が動くのか?という思いになる。

今回の言葉は菜根譚からいただいた。

老後の疾病という、今のわが身に沁みる言葉である。

若いときは健康は当たり前で、それにまかせて、身体を酷使する。

酷使しても持つから、それに甘えて不摂生を繰り返す。

その結果が、老後の疾病となって表れる。

見ようによっては、若いときに好きなことをやってこれたのだから、幸せだったとも言える。かわいそうなのは家族で、老後も頑張ってももらいたいのに、病院通いになって家計の負担になる。

老荘の教えにもある。

勢いのある生活はいつまでも続かない。

勢いの中で衰えは始まる。

欲望の暴走に歯止めをきかせるのが、節制である。

アクセルをふかせながら、ブレーキをときどき踏むのが節制である。

アクセルをふかせ続けると、いずれ事故を起こす。

ガードレールをこするならまだいい。

激突死に至ることもある。

節制することで、衰えのときの準備をする。

身体自体の運動機能が年齢とともに衰えるのは、身体のブレーキ機能が働くと考えあっれる。

それを若いときに意識的にやるのが節制である。

若いときにはそれが難しい。

意志の力をもってやらないと出来ない。

こういうことがわかるのが、老年になってからというのがまた悲しい。