今日はひな祭り。
我が家では、超ミニ雛のオンパレード。
ボートの上、トイレ、窓際、壁のあちらおちらに飾ってあります。
GOOGLEにもお雛様が現れます。
今日の言葉は、読書つながりで探しました。
大学生の5割超が、一日に、一度も本を開かないのは、もはや異常な世界です。
大学生には時間があります。
復習予習で本を開くはずですし、たとえバイトをやっても、途中の移動時間や、帰宅後寝るまでに時間はあるはず。
それなのに読書を一度もしないのは、活字が読めない、どんな本を読めばわからない、しか理由が思い浮かびません。
ということで、マルコムXの言葉を選びました。
自由時間が少ないほど、本を読みたくなるのは事実です。
刑務所の中は、スマホは使えないので、本を読むしか時間を過ごせないのは事実でしょう。いくら読書をしても、活字だけ目で追っても、人生を変えるほどにはならない。
読書して、作者(作中人物)の考えをたどっていかないと、意味はない。
どんな状況にめぐり合って、何を考え、どう行動するのか?
そう動くと、状況は好転せずにもっと悪くなるでは?と心配しながら読む。
あるいは最悪の結果になると思ったのに、運命が左右して、予想した結果にはならなかった。 そういった、いろんな思考とともに読書が進む。
それが、自分が同じ状況にはまったとき、落ち着いて思考する余裕を生む。
読書は、それだけ大切な行為となる。
大学生がそのチャンスを見逃している現実がある。
ビブリオバトルという、本紹介を競う大会がある。会社にいたころから、東京の決勝大会に聞きに行っていた。(今は、京都でも決勝大会が開催されている)
どんな本が面白いのか、そこで知ることもできる。
ソクラテスも言っている。
「良い本を読まない人は、字の読めない人と等しい。」
書かれた言葉は、思考の結果選択された言葉である。
「字を読めない」とは、先人の思考を追う能力がないことだと思う。
よい本を読まないと、先人の思考を追う能力を失うことになる。
自分の悩みなんか、先人の悩みに比べちっぽけだと思い知ることが、読書の力である。
自分中心主義のままでは、ひとは成長できない。