通勤途上に東京駅がある。
時間帯によって、東京駅の通路がカオスになる。
通路を通って、ホームに上がるが、通路に人があふれて、ぶつかり合いながら、道を進んでいる。人の流れをうまくコントロールすれば、ぶつかり合うストレスは減るはずである。
ディズニーランドでは、入り口と出口が分かれているので、入場者と退場者がぶつかり合うことがなく、人の流れがうまくコントロールされている。
エアポートでも、飛行機から降りる人と乗る人は完全に分かれている。
東京駅は、ホームから降りる人とホームに上がる人がぶつかりあう。
通路が分かれていないために、このカオスが生じる。
なぜ、人の流れをコントロールしないのか不思議に思っている。
原因は、その発想が明治以来獲得されていないと思われる。
渋谷のスクランブル交差点も、カオスの表象となっている。
外国人には、このカオスが珍しいので、観光スポットの名所になっている。
流れを制御する道路は、ニューヨークのマンハッタンの碁盤目の道路で、一方通行を採用していることに現れている。
日本で人の流れを採用しないもうひとつの理由は、十分なスペースがないためもある。流れは、人同士の譲り合いの精神で決めようという発想である。
普段不思議に思わないと、この状況は永遠に変わらない。日本では当たり前だが、世界に出ると当たり前ではなくなる。
そんな不思議を感じないと、日本の不合理は永遠に変わらない。