日本の核兵器保有について

物騒な話だが、真剣に考えないといけないことである。

核の傘」といいつつ、破れ傘になっている。

3日前のBSプライムニュースで、アメリカの評論家が面白いことを言っていた。

きわめて的を得た表現をした。

「日本は核を持つことに意味がない」と。

その理由が的を得ている。

「アメリカや中国やロシアは、国土が広いから、1発や2発、核爆弾を落とされても、それに勝る反撃を核で行える。しかし、日本は国土が狭いから数発で消滅するので、防衛としての核は成り立たない。」と。

核による先制攻撃は成り立たない。しかし、防衛としての核も、国土が広く、反撃する能力がないと成り立たない。

つまり、北朝鮮から核攻撃された日本は、核で反撃する可能性はないと結論している。

可能性のないものに、多額の投資をするのは無駄である。

きわめて冷静な判断に感動した。

北朝鮮から核攻撃されたら、骨だけは拾ってやると言われたような感じでした。

迎撃ミサイルのためし打ちさえ、高額で行えないと防衛関連の閣僚が言っていたが、核保有には莫大な経費がかかるとそのアメリカの評論家が言ったので、日本の核兵器保有は無謀であり、狂気の沙汰といえるようだ。これが核保有国のアドバイスである。

そもそも、被爆国である日本は核保有という方針変更ではなく、核の殉教者としての歴史を前面に押し出し、「破れ傘」を捨て去り、核兵器禁止条約にまい進したほうがよさそうである。「核の傘」で守れるのは、反撃が可能な大国に限られる。

保有国からすると、核の傘はそんなに大きくなく、核攻撃から守れるのは自国だけという結論になっている。

アメリカの評論家がさらに言ったのは、核兵器以外に有効な通常兵器はいくらでもあるから、アメリカから買って日本を防衛すればよいとのことだった。

北朝鮮の核保有も容認しかねない態度だったが、核を利用した兵器ビジネスに関心があるようでもあった。

石破さんが、核持込の議論を始めた方がよいと言っているが、核持込は、拳銃の所持と同じで、北朝鮮の核攻撃をうける可能性を増すこと限りない。同じ撃たれるなら丸腰で撃たれた方がよい。非核国家として潔い死に方をした方が、国際社会の同情が得られる。これが核保有国からのメッセージであった。